市民と科学者の内部被曝問題研究会(略称:内部被曝問題研) Association for Citizens and Scientists Concerned about Internal Radiation Exposures (ACSIR)

内部被曝に重点を置いた放射線被曝の研究を、市民と科学者が協力しておこなうために、市民と科学者の内部被曝問題研究会を組織して活動を行うことを呼びかけます。

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市民と科学者の内部被曝研究会第1回総会記念シンポジウムの報告

“放射線被曝に脅かされない世界をめざして”

沢田昭二

 残留放射線による被曝を無視するABCC-放影研

 広島・長崎の原爆被爆者に対する放射線影響の研究体制を下図に示しました。トルーマン大統領の指示によって広島と長崎に設置された原爆傷害調査委員会(ABCC)は、原爆爆発1分以内に放出された初期放射線の原爆被爆者に対する影響の研究に重点を置き、1分以後に放出された残留放射線の影響を軽視してきました。残留放射線の第1は、原子雲から降下してきた放射性降下物からの放射線です。初期放射線がほとんど到達しなかった爆心地から遠いところで被爆した遠距離被爆者も放射性降下物によって被曝しました。2番目の残留放射線は、爆心地近くに大量に照射した初期放射線の中性子を吸収した原子核が放射性原子核になった物質から放出された放射線です。原爆投下約1ヶ月後の枕崎台風(917日)の洪水で放射性物質が洗い流されるまでに爆心地近くに入った入市被爆者もこの残留放射線による被曝をしました。こうした被曝では内部被曝が重要になります。1975年にABCCは閉鎖され、日米共同運営の放射線影響研究所(放影研)になりましたが、初期放射線の影響のみに重点を置く研究計画はそのまま引継がれました。放影研の研究結果が国際放射線防護委員会(ICRP)に送られ、ICRPは内部被曝の特性を無視した放射線防護基準を作り続け、世界各国の基準に用いられてきました。

沢田01

 

放影研の比較対照群の遠距離被爆者と入市被爆者の被曝影響

 内部被曝問題研の総会にメッセージを寄せて下さったドイツ放射線防護協会副会長でヨーロッパ放射線リスク委員会(ECRR)の現会長のインゲ・シュミッツフォイエルヘーケさんは、放影研が、原爆放射線に被曝していないとして比較対照群に選んだ遠距離被爆者と入市被爆者の死亡率やがんの発症率を日本人の死亡率や発症率で割った相対リスクを1983年に求めて論文にしましたが、専門雑誌に論文としての掲載を拒否されLetterとして掲載されました。彼女が遠距離被爆者と入市被爆者の死亡率や発症率を、日本人平均の死亡率や発症率で割って求めた相対リスクを下図にそれぞれ●印と○印で示しました。

 全死亡原因や全疾病の原因で死亡する相対リスクが1より小さいのは、被爆者が原爆手帳を支給されて健康診断と癌検査を毎年受けているため、早期発見と早期治療の効果であると説明されています。しかし、呼吸器系の癌と白血病の早期入市者の死亡相対リスクはかなり大きく、さらに乳がん、甲状腺がん、白血病の発症率の相対リスクがきわめて大きいことは、残留放射線による被曝影響が大きいことを示しています。インゲ・シュミッツフォイエーケさんはこうして残留放射線による被曝影響を受けている遠距離被爆者や入市被爆者を比較対照群に選んだ放影研の研究は問題があると指摘しました。

沢田シンポ02

    

脱毛発症率による放射性降下物からの被曝線量推定

 これまでの放射性降下物の評価は、原子雲から降下した雨滴に運ばれて地中にしみ込み、直後の火災雨や台風による大洪水で流されなかった放射性物質から放出された放射線の測定結果にもとづいています。しかし、放射性降下物には「黒い雨」と呼ばれた放射性降雨だけでなく、原子雲から降下した小さい雨滴が降下中に水分を蒸発させて原子雲の下の広範な地域に充満した放射性微粒子があります。被爆者は呼吸や飲食を通じて放射性微粒子を体内に取り込み、放射性微粒子が放出した放射線によって内部被曝をしました。大気の移動で拡散していった放射性微粒子の影響は、核実験のようにあらかじめ準備された測定と異なり、広島・長崎原爆の場合には事後の物理学的測定ではわかりません。そこで、被爆者の間で起こった放射線による被曝影響から推定することになります。多様な被曝影響の調査がありますが、調査結果についての研究は、これまでほとんど行われてきませんでした。

 正確に被曝影響を明らかにする方法の1つは、ABCC1950年前後におこなった寿命調査集団(Life Span Study groupLSS)の脱毛発症率の調査データから、被曝線量と脱毛発症率の関係を用いて外部被曝と内部被曝の両方を含めた被曝線量を求めることです。この研究を行って英文論文を書いて日本と世界の放射線影響の専門雑誌に投稿しましたが、政治的だとか、これまでと全く違うので掲載すると大混乱が起きると掲載を拒否されてきました。ようやく昨年12月に『社会医学研究』誌に掲載されました。その研究結果の一部を以下に紹介します。

沢田シンポ03右

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 上の左側の図の□印がABCCの調査したLSSの広島被爆者の爆心地からの距離ごとの脱毛発症率です。この□印の脱毛発症率から放影研のストラムと水野は「1986年原爆放射線量評価体系」(DS86)の初期放射線推定線量を用いて被曝線量と脱毛発症率の関係を求めました。その結果が右側の図の印です。印が3シーベルトを超えると横這いになっているのは、1950年に設定されたLSSには、半致死線量(被曝した人の50%60日以内に死亡する線量)とされる4シーベルト程度以上の被曝をしても5年間を生き延びることのできた放射線抵抗力の強い人しか含まれていないことと、ストラムと水野が放射性降下物の影響をバックグラウンドとして引き過ぎたことによります。この印の初期放射線による被曝線量を、DS86を用いて爆心地からの距離に直したものが左側の図の◆印です。□印と◆印の間が放射性降下物による被曝影響に相当します。放影研の京泉らが免疫機能を除去したマウスに死亡した胎児の頭皮を移植し、X線を照射して被曝線量と脱毛発症率の関係を求めたのが右側の図の○印です。□印と◆印の間から推定した放射性降下物による被曝を考慮すると、ストラムと水野の求めた初期放射線だけの印は被曝線量の大きい方向にずれて、ほぼ○印のところに移動すると予想されます。急性症状の発症率は動物実験で被曝線量に対し正規分布(正規分布は体重や身長の分布などもっともありふれた分布です)であることがわかっているので、○印を正規分布でフィットすると右の図の曲線が得られました。

 この正規分布(*50%発症線量が2.751シーベルト、標準偏差0.793 シーベルト)の曲線を用いて左側の□印から被曝線量を求めると次の図が得られました。

沢田シンポ04

 

 爆心地から1 km未満で曲線が途切れているのは、初期放射射線だけで脱毛発症率がほぼ100%になり、放射性降下物による被曝線量を求めることができないためです。先の左の図で、脱毛発症率は爆心地から2 kmで約5%です。右の図の被曝線量と脱毛発症率の関係の正規分布の曲線から5%の発症率は被曝線量約1.44シーベルトになります。DS86やこれを改訂したDS02によれば初期放射線被曝は0.04シーベルトですから1.4シーベルトが放射性降下物による被曝線量となります。図を見て分かる通り、爆心地から1.2 km以遠では初期放射線被曝が急速に減少するので放射性降下物による被曝が主な被曝になります。放射性降雨による放射性物質の放出した放射線を測定して最大の放射性降下物被曝だとするものは図の×印の620ミリシーベルトで、脱毛発症率から求めた平均的被曝線量のおよそ百分の1の過小評価です。


放射性降下物による主な被曝は内部被曝

 急性症状の下痢の発症率に基づけば放射性降下物による主要な被曝が内部被曝であることを示すことができます。広島の医師の於保源作は屋内被爆か屋外被爆か、被爆後3ヶ月以内に爆心地から1 km以内に入ったかどうかを区別して、さまざまな急性症状の発症率を調べました。

沢田シンポ05左沢田シンポ05右

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 上の左の図はその中の屋内被爆で爆心地から1 km以内に入らなかった被爆者の、脱毛、紫斑(赤血球の死滅による全身の皮下出血による斑点)および下痢の発症率です。脱毛と紫斑は、爆心地からの距離とともにほぼ同じように変化しています。そこで被曝線量と紫斑の発症率の関係については、ABCCの脱毛発症率を調べた時と同じ正規分布を用いました。ところが、下痢は1 km以内では脱毛や紫斑に較べると発症率が小さく、1.5 km以遠では逆に約3倍になっています。これは爆心地に近いところでは初期放射線が圧倒的に強く、また火災による上昇気流が強いために放射性降下物の影響は相対的に弱いと考えられます。下痢は腸壁の細胞(約4日で新しいものに変わるので放射線の影響を受けやすい)が死んで剥離することによって起こりますが、透過力の強い初期放射線のガンマ線やベータ線が腸壁に到達できても、透過力の強い放射線はまばらな電離作用をし、薄い腸壁細胞にほとんど障害を与えないで通過します。そのため外部被曝による下痢は、半致死量を超える大きい線量でなければ発症しないことがわかっています。1 km以内で生き残った被爆者は、脱毛発症率で見られたように、屋内被爆で、さらに放射線に対する抵抗力の強い人であったことも反映していると考えられます。

 これに対し、遠距離では放射性降下物の微粒子を呼吸や飲食で体内に摂取し、腸壁細胞の表面や毛細血管内の放射性微粒子から放出された透過力の弱いベータ線やアルファ線が、密度の高い電離作用によって薄い腸壁細胞に障害を与えて下痢を発症させます。そこで初期放射線による外部被曝に対しては脱毛の場合よりも1.1倍高い被曝線量側に広げた正規分布(*50%発症線量が3.026シーベルト、標準偏差0.873 シーベルト)を用い、放射性降下物による内部被曝に対しては被曝線量を0.72倍、すなわち低線量側にずらした被曝線量と発症率の関係を与える正規分布(*50%発症線量が1.981シーベルト、標準偏差0.572 シーベルト)を用いました。その結果が右側の図です。

 まず、被曝線量の結果はABCCの脱毛発症率から求めたものと、脱毛、紫斑および下痢の3種の急性症状からもとめたものがほとんど一致しています。爆心地から1.2 km以遠で初期放射線被曝を上回り、約1.5 km1.5 シーベルトに達して距離とともに減少して5 km0.8シーベルトになっています。放射性降下物による下痢の発症はほとんど純粋に内部被曝ですから、下痢と一致した脱毛と紫斑も内部被曝が主要な影響をもたらしたと推察されます。このように被曝実態である急性症状の発症率から放射性降下物の影響は内部被曝が主要なものであることが明らかになりました。これを無視した放影研の研究と、これを基礎にしてきた放射線防護委員会などの国際的放射線防護基準に内部被曝の深刻さが反映されていないことが浮き彫りになります。

長崎原爆による被曝線量

 急性症状の発症率に基づく長崎原爆による被曝線量の推定については、爆心地から5 km以内の近距離は長崎医科大学による1945年の脱毛、紫斑および下痢の調査結果を用います。5 km以遠12 kmまでは1999年から翌年にかけて長崎市が長崎市に編入された周辺部(爆心地からの平均距離9.5 km)、長崎県が長崎市外の周辺市町村(爆心地からの平均距離11.2 km)の爆心地から5 km以遠12 km以内の地域で被曝し、原爆手帳を支給されていない原爆体験者と呼ばれる人たちを調査した結果を用います。

 5 km以遠12 kmまでの調査結果は、爆心地からの方向と、市町村によってばらつきがありますが、系統的で有意なばらつきよりも統計誤差と見なされるので、長崎市内と長崎市外について、それぞれの平均値を用いると下図のようになります。

沢田シンポ06上

沢田シンポ06下

 

 広島の場合と同様に、脱毛と下痢の発症率は爆心地からの距離とともにほぼ同じように変化しますが、2 kmから5 kmの距離で、脱毛の発症率が紫斑よりやや小さくなっています。遠距離では再び同程度の発症率になっています。下痢の発症率は広島と同様に、1 km以内の近距離では脱毛と紫斑の発症率とともに小さい価になっています。これは1945年の10月頃の調査時点で、すでに大多数の被爆者が死亡しているため、調査データの信頼性は低く、有意な結論を引出すことはできないと考えらますので、広島の場合と同様、被曝線量の推定には爆心地から1 km以内のデータは用いませんでした。1kmを超えると、広島と同様に下痢の発症率が脱毛や紫斑に比して約5倍になり、広島より大きめになっています。広島と同様にして得られた長崎の被曝線量が上の図です。

 爆心地から1.2 km付近で初期放射線被曝線量を放射性降下物による被曝線量が上回る点は広島と同じです。放射性降下物による被曝線量のピークは紫斑と下痢の発症率から得られた結果は、爆心地から2 km付近になり、爆心地から5 km以遠12 kmまで1.21.3シーベルトとほとんど一定になっています。このことは長崎原爆の原子雲の雲仙岳測候所からのスケッチに見られるように、原子雲の中央部を取巻く周辺部の原子雲の厚さが原子雲の中心から5 kmから15 kmくらいまでほぼ同程度になっていることに対応しています。長崎の放射性降雨による放射性物質からの放射線の測定結果からは、爆心地から東方約3 kmの西山地域が図に×印で示した0.120.24シーベルトとされ、急性症状発症率からの推定はその約5倍ないし10倍になりました。

 長崎で原爆手帳が支給されている直爆被爆者は、原爆が爆発した時に旧長崎市内とこれに隣接する一部地域だけで、旧長崎市が南北に細長く、爆心地が市内北部の浦上地域であったために、南方12 kmの旧長崎市内の人は原爆手帳を支給されているのに、爆心地から5 kmから12 kmの東西と北方の町村で被爆した人は原爆手帳を支給されていません。先に被曝線量の推定に用いた長崎県と長崎市が原爆投下時に爆心地から12 km以内の地域にいた人たちの調査はこうした人たちの要求に基づいています。先ほど示したようにこの地域の人々は平均値で1.2ないし1.3シーベルトの放射性降下物による被曝をしているので原爆手帳を支給されるべきです。長崎市と長崎県の調査結果を審査した委員会は、調査結果をほとんど審議しないまま放射線影響は無視できるが、被爆体験が精神的ショックを与えたと考えられると答申しました。これにもとづいて政府は、精神障害だけを障害として認める「原爆体験者」という枠をつくり、被爆時に4才以下では記憶がないので精神障害は認められないとしています。「原爆体験者」の中にも癌が多発し、多重がんも見られるということで、現在約500人の「原爆体験者」が原告になって原爆手帳の支給を求めて裁判に取組んでいます。私と気象学者の増田善信さん、医師の聞間元さんの3人が昨年証言台に立ち、私の証言は先ほど示した放射性降下物による被曝影響を証言しました。これに対し、国側の科学者は遠距離の脱毛は精神的な影響、下痢は悪い衛生状態のためだとして放射線による影響を否定し続けていますが、科学的な根拠は全く示していません。そればかりか大きな誤りを犯した意見書を提出しているのに、20人の共著者の誰も気づかないというお粗末さです。放射線影響の研究者であるにもかかわらず、事実に基づいて被曝影響を明らかにする研究をしないで、放影研の受け売りしかしてこなかった嘆かわしい状況です。


放影研の研究の癌リスク過小評価

 放影研は放射性降下物を無視して初期放射線だけで遠距離被爆者を実質的に非被曝の比較対照群として被曝影響による癌のリスクを求めています(付録:遠距離被爆者を実質比較対照群にする放影研のポワソン回帰分析参照)。その結果、癌によるリスクがどの程度過小評価になるかを調べるために、広島大学原爆放射線医科学研究所(原医研)が広島県居住の被爆者の悪性新生物による死亡率を広島県民と比較した研究「昭和4347 年における広島県内居住被爆者の死因別死亡統計」(*栗原登ら『広大原医研年報』22号、235—2551981年)を用いて、直爆被爆者の悪性新生物による1年間死亡率と被曝線量の関係から1シーベルトの被曝による悪性新生物のリスクの増加を求めます。表1に原医研調査による男性、女性および男女合計の被爆距離区分ごとの被爆者と非被爆者の悪性新生物年間死亡率を示しました。

 表2には各区分のDS02に基づく初期放射線による被曝線量の平均値、ABCCの調査した脱毛発症率から推定した放射性降下物による平均被ばく線量とその合計、および表1の悪性新生物死亡率にもとづく相対リスク(各区分の死亡率÷比較対照群の死亡率)を、比較対照群として非被爆者を選んだ場合と、2 km遠距離被爆者を選んだ場合につて示し、さらに相対リスクが被曝線量に比例して増加するとした場合の1シーベルト当たりの相対リスクの増加を2つの比較対照群の場合について求めて表2に示しました。放影研の実質比較対照群にしている初期放射線量0.005シーベルト以下の遠距離被爆者の被爆距離は2.75 km以遠に相当し、被爆距離2 kmにおける初期放射線量は0.0768シーベルトですので、放射性降下物による被曝線量1.4〜1.1シーベルトに比してその違いは無視できます。

 

  表1 広島大学原医研による広島県被爆者の悪性新生物年間死亡率

 

 

直爆被爆者

 

被爆者計

 

非被爆者

1km以内

11.5km

1.52km

2km以遠

 

 

1968--72年観察人年

19,637

42,025

60,505

75,968

370,343

3,537,580

悪性新生物死亡数

99

191

210

284

1,729

6,700

年間死亡率

0.504

0.454

0.347

0.374

0.467

0.189

 

 

1968--72年観察人年

18,968

61,222

172,919

116,992

421,266

3,884,180

悪性新生物死亡数

58

170

153

276

1,037

5,451

年間死亡率

0.306

0.278

0.210

0.236

0.246

0.140

男女合計

1968--72年観察人年

38,605

103,247

133,424

192,960

791,609

7,421,760

悪性新生物死亡数

157

361

363

560

2,766

12,151

年間死亡率

0.407

0.350

0.272

0.290

0.349

0.164

 

  表2 原医研による広島県被爆者の悪性新生物による死亡リスク

 

直爆被爆者

非被爆者

1 km以内

11.5km

1.52km

2km以遠

被曝線量

初期放射線平均被曝線量

1.614

0.77

0.1

0

0

放射性降下物平均被曝線量

2.27

1.469

1.458

0.85

0

合計平均被曝線量

3.884

2.239

1.558

0.85

0

 

男性

相対リスク RR

2.662

2.400

1.833

1.974

1

同上放影研式 RR

1.3476

1.2139

0.9278

1

  1シーベルト当たり相対リスクの増加  原医研方式 0.504 放影研方式 0.0939

 

女性

相対リスクRR

2.1857

1.9857

1.5000

1.6857

1

同上放影研式 RR

1.2966

1.1780

0.8898

1

  1シーベルト当たり相対リスクの増加  原医研方式 0.354,放影研方式 0.106

男女合計

相対リスクRR

2.4817

2.1341

1.6585

1.7683

1

同上放影研式 RR

1.4034

1.2069

0.9379

1

  1シーベルト当たり相対リスクの増加  原医研方式 0.434,放影研方式 0.127


 表2の相対リスクを図にすると下の図のようになります。比較対照群にした広島県民の非被爆者の相対リスクは1ですから、この点を通る回帰直線と呼ばれる直線で相対リスクの折線を近似すると、その回帰直線の勾配が1シーベルト当たりの相対リスクの増加になります。その価は、男性、女性、男女合計でそれぞれ0.50、0.35、0.43 となります。放射性降下物の被曝影響無視を無視する放影研のように遠距離被爆者を比較対照群にすると、放射性降下物により0.85シーベルトの被曝をした遠距離被爆者の相対リスクが1になります。この点を通る回帰直線の勾配、すなわち1シーベルト当たりのがん死亡の相対リスクの増加は0.094、0.11、0.13となります。非被爆者を比較対照群に選んだ場合の悪性新生物による死亡リスクは、放影研の場合 の男性で5.4倍、女性で3.3倍、男女合計で3.4倍となって、放射性降下物による影響を無視した放影研のがん死亡のリスクが大幅な過小評価になることは歴然としています。

沢田シンポ07

 4月に来日したベラルーシのM.V.マリコ博士はチェルノブイリ原発事故による被曝影響から様々ながんの発症リスクを求めて放影研の原爆被爆者の寿命調査集団(LSS)と比較しました。表3は1万人が1シーベルト被爆した時に1年間で固形がんを発症する人数の増加(過剰絶対発症リスク)を比較したものです。95%信頼区間は過剰絶対リスクが統計誤差を考慮しても95%の確率でこの範囲になり、この範囲をはみ出す確率は5%しかないという絶対リスクの精度を表します。

 放影研の放射性降下物の影響を無視することをやめると3.3倍ないし5.4倍になりますが、それよりも表3の比率はやや大きくなっています。この理由の1つは原爆被爆者の被曝線量はDS02と呼ばれる初期放射線による遮蔽効果を考慮した外部被曝影響評価に基づいているので、被曝線量評価の信頼度は高いものです。一方、ベラルーシの被曝線量評価は主にホール・ボディ・カウンターによるセシウム137の崩壊に伴うガンマ線の測定によるもので、ガンマ線の測定結果に、測定できない体内で被曝影響を与えたセシウム137のベータ崩壊において放出されたベータ線による内部被曝の影響を加えて求めています。この時、ベータ線の被曝線量をシーベルトに換算する際にICRPに従って内部被曝も外部被曝も同じであるとして、ガンマ線もベータ線も同等に扱っています。実際にはベータ線の内部被曝影響はガンマ線より数倍大きいとしなければなりません。これが表3の比率に反映していると考えられます。こうした問題がベラルーシの測定にあるとすると、同じ方法を用いている現在の福島原発事故のよる被曝にも関わるので、ホール・ボディ・カウンターによる測定結果の再検討が必要です。

表3 放射能による固形がん発症リスクのベラルーシ住民と原爆被爆者の放影研寿命調査集団(Life-Span-Study 集団、LSS)との比較(104/人年シーベルト)

 

がんの種類

ベラルーシ住民

原爆被爆者(LSS)

 

比率

過剰絶対リスク

95% 信頼区間

過剰絶対リスク

95% 信頼区間

甲状腺がん

4.4

4.2 〜 4.6

1.2

0.5 〜2.2

3.7

胃がん

69.1

44.5 〜 79.5

9.5

6.1 〜14

6.5

肺がん

60.2

41.7 〜 78.9

7.5

5.1 〜 10

8.0

乳がん

44.3

17.9 〜 70.9

9.2

6.8 〜12

4.8

膀胱がん

37.8

31.3 〜 44.4

3.2

1.1 〜 5.4

11.8

原爆被爆者(LSS)は30才で被爆し、70才まで生存したものに対する調査に基づく(D. L, Preston ら;Solid Cancer Incidence in Atomic Bomb Survivors; 1958-1998,Radiation Research, 168, 1-64 (2007).)

 

市民と科学者の内部被爆問題研究会の役割

 以上見てきたように、核兵器政策や原発推進政策に影響されて、原爆被爆者の放射線被曝影響の研究において国際的に権威を持ってきた放影研の研究は、放射性降下物による被曝影響を無視する大きな欠陥を持っているため、放射線被曝影響を大幅に過小評価し、この放影研の結果に基づくICRPや国連科学委員会やIAEAなどの国際的な被曝影響の放射線防護基準にもこの過小評価が反映されています。さらにICRPは、被曝線量が同じであれば内部被曝影響は外部被曝と同じであると、急性症状の下痢の発症のところで見てきたような内部被曝の特質を全く無視しています。さらに放射線被曝リスクと、被曝による便宜とのバランスをとって放射線防護の被曝限度を設定しています。原発の整備などに関わる労働者や放射線関係の仕事をしている労働者の被曝限度を、一般人の被曝限度より大きくしていることは、被曝の危険性の高い人が一般人よりも被曝影響に対する抵抗力が強いわけではないのに数倍の甘い基準にしています。これは放射線防護の基準が、被曝影響から人々の健康を最優先するものになっていないことを示しています。原発事故が起こったので年間被曝線量を1㍉シーベルトから20㍉シーベルトにするという発想も、被曝影響の大きい子どもたちも含めた放射線被曝を防ぐという基本姿勢の欠如に由来しています。

 世界の科学者と協力して、真に科学的な事実に基づいた、内部被曝も含めた放射線による人体影響について明確にしていくこと、そうした科学的根拠にもとづいて、健康管理の健診体制と治療体制の充実を政府に要求し、今回の福島原発事故による被曝の影響を最小限にすることが内部被曝問題研の役割だと考えています。




付録:遠距離被爆者を実質比較対照群にした放影研のポワソン回帰分析法

 放射線影響研究所(放影研)の被爆者研究の最大の問題は、寿命調査集団(Life-Span-Study groupLSS)を“初期放射線被曝線量”によって区分し、ポワソン回帰分析法によってさまざまなリスクを求めていることです。そのため、ポワソン回帰分析によって過剰リスクや相対リスクを求める前のLSSのデータは、真の非被爆者集団と比較することによってから被曝影響を求めることができる貴重なデータです。Inge Schmitz-FuerhakeさんのLSSの比較対照群を日本人平均と較べた研究、渡辺さんらの広島県民あるいは岡山県民とLSSの各種がん死亡率を比較した研究(T. Watanabe他、Environ Health Prev Med (2008) 13:264-270)、後藤さんらのLSSの子どもらの各種がん死亡率を日本人平均と比較した研究(H. Goto 他、Environ Health Prev Med2011))などは重要な意味を持っています。

 以下では、現在放影研が行っている遠距離被爆者も含めたポワソン回帰分析法では、被曝影響を初期放射線だけの線量で扱う限り,放射性降下物による被曝をしている遠距離被爆者を比較対照群に選んだことと同じ結果になることを示します。   

 具体的な説明をするために、下の図に示した放影研の30才男性の固形がんの死亡絶対リスク(/人年)を考えます。放影研は、実際には最小被曝線量区分は初期放射線被曝線量が0.005シーベルト以下0までの区分ですが、図に描くのが大変なので10倍して最小放射線被曝線量の区分は0.05シーベルト以下としてあります。初期放射線被曝線量が0.05シーベルトは爆心地から2.1 kmの被爆地点です。

 各区分のLSSの被爆者のがん死亡が一定の年数の間に「起こるか」それとも「起こらないか」という二者択一の事象はポワソン分布することがわかっています。ポワソン分布では平均値(期待値)が分散(標準偏差の二乗)と同じになるので、LSSの各区分ごとのがん死亡者数が平均値であると同時に分散となります。これをその区分の人数と調査年数で割ったものが絶対リスクで、分散の平方根を区分の人数と調査年数で割って誤差を同時に得ることができます。こうして誤差棒を付した●印の図が得られます。

 絶対リスクが被曝線量とともに直線的に増加するとして、絶対リスクの●印の全体の傾向を、誤差も考慮してもっともよく総合的に表す直線、すなわち回帰直線を求めたものが図の赤い直線です。(具体的に回帰直線は次のようにして求めます。回帰直線をy = a x + b として、abをカイ二乗法で決めます。最初にab を適当にとって●に対応する直線上の点の絶対リスクの元になった死亡者数を理論死亡者数とし●の価の元になった死亡者数を観測死亡者数としてその違いの二乗を求めます。これを●に付した誤差棒に対応する死亡者数の誤差を二乗して、これで先ほどの二乗したものを割り、これをすべての●について加えたものχをカイ二乗と言います。式で描くと

 χ=Σ{(理論死亡者数−観測死亡者数)2÷(誤差棒の死亡者数)

です。Σはすべての区分について和を求めよという記号です。abをいろいろ動かしてこのχが最も小さくなったものが統計学的に●を総合的にもっとも良く表した回帰直線となります。)

沢田シンポ08上

沢田シンポ08下

 

 放影研が用いているポワソン回帰分析法では、回帰直線を求めて、この直線上のx = 0のときのyの値を非被爆者の絶対リスクAR0とします。上の図ではAR0 = 0.1048となっていてこの値は遠距離被爆者の初期被曝線量0.05シーベルトの区分の絶対リスク0.1054と四捨五入すれば一致してしまいます。実際には初期放射線被曝の最小区分は0.005 Sv以下で平均値が0.0025 シーベルトですから、AR0の値はほとんどこの区分の絶対リスクになります。この区分の被爆者は1シーベルト前後の放射性降下物による被曝をしていますから、到底非被爆者とするわけにはいきません。このことが原爆症認定集団訴訟で明らかにされたことですが、厚労省も放影研もその周辺の科学者もその結果を受け入れようとしません。受け入れればこれまでの放影研の被爆者の研究結果は根底から見直しを迫られるからです。私の論文やInge Schmitz-Fuerhakeさんの論文が掲載拒否になった理由がここにあるのです。しかし、福島原発事故やチェルノブイリ事故の被爆者への影響の真実を明らかにすることは、全人類的な課題です。内部被曝問題研の役割もきわめて重要です。

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