市民と科学者の内部被曝問題研究会(略称:内部被曝問題研) Association for Citizens and Scientists Concerned about Internal Radiation Exposures (ACSIR)

内部被曝に重点を置いた放射線被曝の研究を、市民と科学者が協力しておこなうために、市民と科学者の内部被曝問題研究会を組織して活動を行うことを呼びかけます。

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2012.4.21「低線量被曝に向き合う—チェルノブイリからの教訓—」講演会 大盛況でした

市民・科学者・大学アカデミズム共催のユニークな講演会

牟田おりえ(報告者・文責)

講演会

  • 日時:2012年4月21日(土)14:00-18:30
  • 場所:東京大学 弥生講堂(弥生キャンパス)
  • 講演「チェルノブイリとウクライナの子どもたちの健康——25年の観察結果——」
  • 講師:エフゲニーヤ・ステパーノヴァ教授(Yevgenia I. Stepanova,ウクライナ国立放射線医学研究所・小児放射線部長)
  • 講演「チェルノブイリ原発事故の放射線的・医学的影響」
  • 講師:ミハイル・マリコ博士(Mikhail V. Malko,ベラルーシ科学アカデミー主任研究員/欧州放射線リスク委員会委員)
  • 主催:市民と科学者の内部被曝問題研究会・東京大学「低線量被曝に向き合う」講演会実行委員会・北海道大学スラブ研究センター
  • 協賛:日本科学者会議
  • 協力:東京大学原発災害支援フォーラム(TGF)、東京大学大学院総合文化研究科「人間の安全保障」プログラム、NIHUプログラム・イスラーム地域研究東京大学拠点

講演会報告

 低線量・内部被曝を切実な問題として受け止め、心配する市民・科学者・アカデミズムが協力し主催したユニークな講演会でした。

 「主催者挨拶」は本会の矢ケ崎克馬さん、コメンテーターは京都大学原子炉実験所の今中哲二さん、質疑応答の司会進行は本会の松井英介さんと東京大学の押川正毅さん(物性研究所)、閉会の挨拶は東京大学の島薗進さん(人文社会系研究科)でした。

 お二人の講演者と通訳の京都大学院生サンドロヴィッチ・ティムールさん(自らがチェルノブイリの被曝者と自己紹介)は北海道大学での講演を始め、福島県(川俣・福島・郡山)、大阪大学・京都大学、松江市・名古屋市・いわき市での講演を経て、最後に東京で行われた講演会で、日本の人々に低線量被曝の恐ろしさを伝えたいと長時間語ってくださいました。

 300人定員の弥生講堂に350人集まり、会場外にスクリーンを設置して同時中継するという盛況ぶりでした。中には熊本・北海道・青森・新潟からの参加者もいらして、質疑応答でも熱心な議論が交わされました。

講演内容概略(当会理事長・澤田昭二さんの要約から)

講演「チェルノブイリとウクライナの子どもたちの健康——25年の観察結果——」

● ウクライナの汚染地域:放射性セシウムの汚染度にしたがって4地域区分

  1. 立ち入り禁止区域(チェルノブイリ原発から30km圏, 150万Bq/㎡)
  2. 強制(義務)移住区域(555kBq/㎡, 年間線量5mSv以上)
  3. 保証移住区域(185-555kBq/㎡, 年間線量1mSv以上)現在62万人居住
  4. 放射線環境強化管理区域(37-185kBq/㎡, 年間線量0.5mSv以上)
    現在160万人が居住。

汚染地域では、現在も46万5000人弱の子どもが住んでいる。ウクライナの法律により、1986年生まれの子どもに対して、追加被曝線量は年間1mSv、全生涯で70mSvを超えてはならないとされている。立ち入り禁止区域は100年間は居住に適さない。

● がん以外の症状の増加現象

  1. 1987〜1991年:子どもが不調を訴える回数が増加:極度の疲労82.7%, 衰弱71.7%, 精神不安65.95, 頭痛52%/動脈圧の不安定70.3%, 免疫力低下60-70%, 肺の呼気機能障害53.5%, 肝機能の一時障害52.8%
  2. 30km圏内から避難した子どもと放射能汚染地域の住民に、機能障害が慢性病へ移行する現象が見られた:1986-1987年の健康な子ども27.5%→2005年の健康な子ども7.2%/1986-1987年に慢性疾患を持つ子ども8.4%→2005年77.8%
  3. 内部被曝の原因のうち、食品からが98-99%
  4. 放射性セシウム137は、消化器の粘膜と臓器(肝臓・脾臓)に直接影響を与える。

● チェルノブイリの教訓

  1. 住民と環境への深刻な影響の理解が不足し、特に子どもの健康に大きな被害をもたらした。ヨウ素を用いた予防対策の実施が全く行われなかったり、遅れた結果、甲状腺がんの頻度が急増し、特に子どもが甲状腺がんになった。
  2. 効果的と認められる措置は、5月〜9月まで原発から30km圏外の汚染地域から非汚染地域へ移転させた結果、子どもたちの被曝線量を30%防ぐことができたこと。その後毎年、子どもたちは4週間以上保養施設で健康増進を行っている。
  3. 事故に関する客観的情報が伝えられなかったことが、社会に心理的緊張を生み出す原因となった。避難と移住の過程は、家族関係・友人関係・倫理的文化的価値観を崩壊させた。住民の生活条件を変える決定をする場合は、被災者の希望を考慮すべきである。
  4. 内部被曝を低減する策を講じるべき。汚染されていない農作物を子どもに与えるべきである。
  5. 被災者のモニタリング登録が遅れたが、現在毎年行われている医学モニタリングシステムは、疾患の早期発見に有効で、治療の可能性をもたらす。
  6. 子どもの健康状態が変化した原因は放射能である。悪影響を受けた子どもの健康を維持し、回復するための施策は、国家政策の優先事項である。
  7. 放射能の影響に関する住民の知識を高める必要がある。農村地域では、教師・医療従事者・社会福祉関係者などに対する研修プログラムを導入すべき。

講演内容概略

講演「チェルノブイリ原発事故の放射線的・医学的影響」

 ● 福島での講演会と東京での講演会に参加なさった「ふくしま集団疎開裁判」弁護団の柳原敏夫さんが、マリコ博士が各地の講演会で日本の現状を知るたびに、次の講演内容を進化させ、東京講演では、郡山講演で質問したことに応える内容になっていたと「ふくしま集団疎開裁判」MLで報告なさっているので、許可を得て一部転載します。

マリコさんの新しい話というのは、例えば、チェルノブイリの住民避難基準が作られるまでになぜ5年もかかったのか、私達が郡山講演で質問した内容を分かりやすく説明するものでした。チェルノブイリ事故によるベラルーシの汚染状況を示す汚染マップはマリコ氏たちが作成していたにもかかわらずずっと機密扱いだったそうです。そのため、その汚染マップを知っているのは、マリコ氏の研究所の数人だけだった。

しかし、89年3月に、初めて、新聞紙上で、一斉に、この機密マップが公開された。その結果、市民の間から、抗議運動が起きた、反対運動が起きた。その中で住民避難基準が作られるようになった。他方で、この5年間の間に、被ばくによる深刻な健康被害が次々と明らかとなったことも、住民避難基準を作る要因になった。

今、私たちにとって最も切実なことは、汚染マップの公開に端を発して発生した市民の抗議運動・反対運動と、次から次への明らかになった住民の深刻な健康被害とが具体的にどのようにからみあい、影響しあって、最終的に、住民避難基準制定にまで至ったのか、その現実の紆余曲折のプロセスです。なぜなら、このときの紆余曲折のプロセスを学ぶことによって、私たちはそれをもっと短くするために、最短にするために何をしたらよいか、その方法をそこから引き出すことが可能になるからです。

 マリコさんは普遍的な訓えを語っていると思いました。正しい政策は、客観的な現実(被ばくによる健康被害の発生)と主体的な動き(住民の抗議行動・反対行動)との相関関係で決まる、と。たとえ、いくら悲惨な現実が明らかにされても、これを克服しようという市民の側で主体的な動きが弱ければ、アフガンやイラクやソマリアみたいに事態は改善されない。他方で、客観的な現実がたとえまだ萌芽の状態であっても、予防原則という立場を支持する市民の側の主体的な動きが強ければ、早期の改善も可能となる。



質疑応答

左から
司会進行:押川正毅さん 講師:E.ステパーノヴァさん
通訳:S.ティムールさん 講師:M.マリコさん
コメンテーター:今中哲二さん 司会進行:松井英介さん

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